2021-0916 茶畑にふく風に感謝を込めて

春日の茶畑でいぶきの仲間たちが活動する姿を暖かく見守り応援してくださっている森俊実さんから、近畿日本ツーリスト社友会のニュースレターに寄稿する機会をいただきました。
頑張って綴ってみたもの。
ここでも紹介できればと思います。

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私たちが初めて春日の地をたずねたのは2014年1月のことでした。

岐阜市の忠節橋のたもとにある私たちの事業所から車で50分かかる道のりを、暦にあわせてほぼ毎日、7年半も通い続けたことになります。そんな年月をすごすことができたことを、今あらためてて、とてもありがたく、嬉しく思っています。

どんな障害の重い人もいきいきと安心して暮らすことができる地域にしたい…。障害のある人、わが子の将来を思う親のそんな願いに、学校の先生や地域の方々はじめたくさんの方々が次々と活動に参加して生まれた小さな作業所が「いぶき」の始まりです。1995年にたくさんの市民の力が結実し、岐阜市で初めての障害分野の社会福祉法人として、「いぶき福祉会」が設立されました。それから27年。現在では主に知的な障害のある方170名が通い、そのうちの50名の方がグループホームで暮らしています。特別支援学校を卒業したばかりの18歳から70歳代の方まで、世代も多様です。

社会の中では、どうしても障害ゆえに「できなさ」ばかりがクローズアップされてしまいがちです。ですが、「いぶき」では、ここに集う人たちが、かけがえのない存在として、ひとりひとりが大切な役割を担うことを大切にしています。モノを作ったり届けたり、畑を耕したり、人と人をつなげたり。仕事や暮らしでサポートを受けることもありますが、喜怒哀楽のある当たり前の日常がここにあります。重い障害があっても、希望と誇りをもって穏やかに暮らせる地域は、きっと誰にとっても安心して暮らすことができる地域。多様な人たちが穏やかにすごせる寛容な社会をめざし続けていきたいと思っています。

私たちは、いぶきを利用する障害のある人たちを「仲間」とよんでいます。意外に思われるかもしれませんが、仲間たちは仕事をとても楽しみにしています。得手不得手はもちろんありますし、環境によってできることが大きく変わってくることも事実ですが、誰もが「そこに参加したい」と願っています。

いぶきの仲間たちの中で、狭い室内での軽作業や、お菓子づくりなどが苦手な仲間が、のびのびと取り組むことができる仕事として、農業に取り組んでいるグループがあります。そのグループの活躍の場所として、茶畑の整備に声をかけてもらったのが、春日を訪れるきっかけでした。高齢化によって畑をする人が少なくなっていく茶畑の手入れをやってみないかと声をかけていただくことができました。

地主さんとの間を丁寧に取り持ってくださったのが、森さんでした。自分たちにできるだろうかとためらう私たちの背中を、自分も手伝うからと背中を押してくださりました。おそらく地域の方にはいろいろな受け止め方をする方もあったと思います。そんな方々に対して、見えないところで矢面にたってくださっていたのだろうと、推察しております。そんなご厚意に甘えながら、それでもお気持ちにこたえたくて、不器用でも丁寧に、いきいきと茶畑の仕事をする姿をみていただこうと頑張ってきたように思います。仲間たちを代表し、この場を借りてお礼を申し上げます。

とは申しつつも、ご承知のとおり、茶畑は大変な急斜面に広がっています。障害のある仲間はもとより、一緒に活動する職員にとっても経験のしたことのない勾配での作業。畑の草を抜くだけでも、最初は大仕事でした。ただ、外の仕事は気持ちの良いもので、室内で声をあげては静かにしてと注意をうけていた仲間たちも、ここではどんなに大声をあげても、しかられません。むしろ大きな声をかけあうことで、笑えることを喜んでいる仲間がたくさんいました。

仲間のひとりに、どうしても野菜が食べられないMさんがいました。そんな彼が、茶畑の作業が大好きで、のびのび仕事をしていると、心もすっきりするし、当然運動量も多くなるせいでしょう。偏食もなくなり、野菜もパクパク食べるようになって、見違えるようにスマートになってしまいました。気持ちが落ち着かないと大声をだしてしまったのが嘘のようです。

最初は、草抜きをするにも、草もお茶の葉も区別がつかなかったSさんも、今ではちゃんと草だけ選んで抜けるようになって、他の仲間のために急な斜面を給水ボトルを運ぶ姿もあります。そんな様子の写真を見たお母さんが「信じられない」と感激のお便りをくれたこともありました。

自分のことしかできなかったWさんが、他の人が刈った草を集めて運び、さらにそれを「どうぞ」と手渡したときには、スタッフ一同、目を見合わせて一斉に声を上げて大喜びしたものです。

そうかと思えば、お茶目なNさんは予定にはない他の地主さんの茶畑の草をわざと刈るフリをして、スタッフから「ちがうよー」と声をかけてもらうのを待って、「しまったしまった」と返事をするのを楽しんだりします。

茶畑はとっても広いので、遠目にはまさかそんなやりとりがされているとはわからないかもしれませんね。でも、みんなとっても豊かです。自然いっぱいの中で、多様な生きづらさのある仲間ひとりひとりにあった仕事がここにはあります。ひとりの大人として仕事と通じて成長する仲間の姿はスタッフのやりがいであり、喜びでもあります。そして、仲間とともにスタッフの心身も健やかになっていることは言うまでもありません。そんな魔法のような空気に、ここ春日の茶畑は囲まれています。

最初に申し上げましたが、私たちは季節を問わず一年を通して茶畑に通っています。

草抜きのやり方から、台揃えという茶の木の高さをそろえる作業や、茶刈りの時期の見極めややり方まで、ありとあらゆる作業をゼロから教えてくださったのは森さんでした。仲間はもとより、覚えの悪いスタッフにも、よくぞ手取り足取り根気よく向き合ってくださったと思っています。「スタッフのためではなく、仲間のためだからな」といいながら、仲間もスタッフも分け隔てない愛情を感じたからこそ、厳しい指導(!)に応えようと成長した若いスタッフがたくさんいます。

今年は梅雨が早く、茶の芽が伸びる前に陽に焼けて、茶刈りのタイミングがとても難しい年でした。毎日芽の具合を写真に撮って、森さんに相談しながら天気予報をにらみながら茶刈りの日を見極めていきます。今年はヤブキタ種を1日で180キロ、在来種は4日間で50キロの収穫でした。ヤブキタがほぼ例年通りでしたが、在来はなんと例年の1/4。本音をいうと、大ショックですが、自然相手の仕事の奥深さを学んだ気がします。

実は、いぶき福祉会では、お茶以外に米や野菜づくりにも取り組んでいます。農薬はもちろん肥料もいれない「自然栽培」に取り組んでいて、作物そのものの力を引き出し、自然の力が満ち溢れた素材をたくさんの方にお届けしたいと思っています。作り手の姿と素材の力に魅力を感じ、価値を共有してくださるつながりが、私たちの宝物だと思っています。

野菜は事業所に買いに来てくださる方や料理店にお届けすることが多いのですが、春日のお茶は、JR岐阜駅にある私たちのアンテナショップ「ねこの約束」でも販売しております。プチパックやギフトセットでも好評で、残念ながらコロナ禍で今はできませんが、新茶や水出し茶の試飲をした方はその喉越しに驚いてお買い求めくださるのが常でした。お近くにお越しの際にはお立ち寄りいただければありがたく、またこんな拙文ではありますが春日の物語にお目通しくださった旨お口添えいただければ、新しいご縁を肌で感じられ、茶畑に通う仲間たちとともに心より嬉しく思う次第です。

長々と綴ってしまったこと、ご容赦いただければ幸いです。末筆ながら、このような機会を作ってくださった森俊実さんに、改めてお礼を申し上げます。

先の見えない不安に苛まれながらお過ごしの方も少なくないかと存じます。心穏やかに過ごせる日常が、一日も早く戻ることを願うばかりです。こんな中で私たちいぶきのみんなができるささやかなことは、当たり前の日常を丁寧に紡ぎ続けることだと思っています。障害のある人が安心して暮らせる社会は、いろいろな生きづらさとともにあるたくさんの方々にとっても安心してくらせる社会であると信じています。僭越ながら、お届けした春日の茶畑の風景が、そんな一助になれば幸いに存じます。

機会があれば、ぜひ春日の茶畑に。その際はぜひ、仲間たちに声をおかけください。お待ちしております。

2021年8月

社会福祉法人いぶき福祉会 法人本部

北川 雄史